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大和西高校軽音楽部について

昨日大和西高校の同窓会ライブ的なものを町田のナッティーズ(前回もお世話になりました)でやりました。昔の仲間や後輩たちと会って当時の話はほとんどしないという素敵な空間でワイワイすごく楽しかった。

軽音楽部に入った当初は、たまたま同じクラスになって、たまたまオリエンテーションにいったときに、たまたまビートルズを聴いてる少年有賀修斗(頑なになに聴いてるか教えてくれなかった笑)と出会い一緒に軽音楽部の仮入部に行った。(正直こいつサッカー部に入ると思ってた。)

即席でバンドを組まないと入部できない決まりになっていたので、その辺に彷徨っていた杉田ともう1人誰かを誘いバンドを結成した。(メンバー見つからず入部できないと思い途方に暮れた黒板した三角座りの俺ら二人もいい思い出)
最初組んだ日にやりたい曲の話をしました。その頃の俺はよく分かっていなかったのでandymoriの「Follow me」がやりたいと喚いていました。ごめんなさい杉田。笑

その後いろいろメンバー間のトラブルがあったらしく約1週間くらいでメンバーチェンジ。(詳しくは杉田に聞いて)
それにより当時、隣中学ということで仲良くなった佑介(当時はボーカル志望)が加入し、EducationTV(略称:ETV)というバンドを結成した。(バンド名かっこいいと思ってました)

入部した最初のミーティング、先輩たちの髪色、パーカーなど自由な服装を見て、やべえこれやべえ最高。って純粋に思いました。
が、しかし次のミーティングに突然顧問の小金丸先生(マル)から服装や頭髪に厳しくするとのお達しがありまして、俺の夢のチャラい軽音楽部生活はここで終わることになりました。笑

文化祭のオーディションに向けて、とにかく練習して、ギターのFの壁にぶつかりギターやめたくなったりもしましたがやめなくてよかったー。笑 当時は静かだった修斗が大好きだったパンクロックを中心にセックスピストルズやらMXPXやらグリーンデイやラモーンズをコピーしてて割と高1にしてはセンスいいバンドだったといまになって思いますね。佑介もウーバーワールドばっかり聴いてたのにいつの間にかに洋ロック少年になってました。

初めてやった曲はGreenDayの「Minority」
当時の演奏は全く覚えていないけど、本当に酷いものだったろうなと思う…。笑
文化祭のオーディションでは「Minority」とMXPXの「The Broken Borns」を演奏しまして、先輩からの高い評価を受けて文化祭に出られることになりました。先輩たちがMXPXやったときに盛り上がってたの本気で嬉しかったです。笑 このとき本当に酷いほどに緊張したのは覚えてる。たしかテンパって修斗の大事なThe WHOのピック使ってボロボロにしちゃってすごい恨まれた覚えがある…笑 本当にいまになって申し訳ないことをしたと思ってます。

当時の3年生の先輩との思い出が結構ありました。トミー先輩がやっていたOUTCASTの楽曲は1年生みんな好きだったはずだし、高橋先輩は面白すぎるし、みずしー先輩のミーティングで話すときの身振り手振りとか、こた先輩の名言「軽音部やばいです」とか。購買で会えばいつも話しかけてくれたり、校内ライブのときも視聴覚室の裏(当時は視聴覚室の隣の部屋を控え室にしてました)で話してくれる気さくな先輩たちがいたから、俺たちも仲のいい学年になれたのかもしれませんね。1年生のときの1年間は高校生活の中でもかなり印象に残った1年間だったと思います。

高1の文化祭は今でもハッキリ覚えてるくらいに素晴らしい思い出でした。ETVの出番前にトミー先輩が廊下で「期待の新人がライブしまーす!」って大きい声で宣伝してくれたり。出番前に水を買いに自販機まで行って買おうとしたら緊張で手が震えすぎてボタンが押せなかったり、信じられないくらい緊張しました。
ライブ中の記憶はほとんどありませんが、社会科教室が埋まるほど人がいたのに、目の前で仁王立ちしてる俺たちの学年で一番ヤバそうなヤンキー波木井(当時は軽音楽部じゃなかったので)がめっちゃ怖かったのだけは覚えてる。笑

人生初めての後夜祭はとにかく刺激的でこんなエモーショナルなイベントがあるんだと興奮しましたねー。OUTCASTの「流星」でながれぼしーながれぼしーって合唱したのは最高だったし、その出番後にすぐ帰るトミー先輩に驚きまくったし、Solidはマットがなかったら超楽しいライブだったろうなぁと思った。最後のぜんざい☆ポンチだっけ?笑 ぜんぽんのやった「銀河鉄道の夜」に憧れて、あれを目指して3年間バンドを続けてきたくらいに感動した。人生の中でも刻まれた瞬間だった。ぜんぽんみたいなスカバンドが、本当はやりたかったね。みずしー先輩のアルパカちゃん投げ、楽しそうだったなぁ…。
銀河鉄道の夜」のあと誰だったかなぁ…増森だったかなぁ…と泣きながら語ったの覚えてるなぁ。なんであんなに泣いたんだろう。みずしー先輩は泣いてるのサングラスで隠してた。

そして文化祭も終わったあたりで、実はバンドをやる中で俺と佑介の溝がかなり深まっていて不仲で解散をすることになりました。自分勝手で子供な理由で解散してしまったこと本当に後悔してます。最後にやろうとしてた曲はGOING STEADYの「東京少年」でした。

文化祭のあとバブルが崩壊するようにいろんなバンドが一斉に解散して、なんでかわからないけど俺と引き続きバンドを組んでくれた修斗と他のバンドでギターをやってたこーやを誘ってHelloというバンドを組むことになりました。
なんであのとき修斗はついてきてくれたんだろうか…。

バンド名が最初なかなか決まらなくて、この日までにバンド名を決めるっていう日に俺が学校を休んでしまってて修斗から電話がきて「バンド名どうする?」「Helloでいいんじゃね?」っていう俺の直感と謎の会話から生まれました。
たぶんこのあたりから修斗がうるさくなり始めます。本性が現れます。

最初Helloというバンドを組んだときはソラニンに出てくるRottiみたいなバンドがやりたくて3ピースバンドを組んだ。最初にやろうと思った曲はもちろん「ソラニン」。
それなのにどうしたことか。最初は簡単なやつをとりあえずやらないと校内ライブに間に合わないという判断になり、知恵袋で調べた結果、とりあえずB-DASHをやることになりました。修斗と町田のブックオフにスコアを買いにいきましたね。まさかこれが卒業まで続くと誰が思っただろうか…。笑 ソラニン?そんな曲一回もやってねえよ。

2年生になると軽音楽部の顧問だったマルが他の学校へ行ってしまうというニュースでmixiは大騒ぎになりました。ずっと俺がやるバンドを贔屓してくれて、俺のことをギラギラしてるやつって言ってくれた先生がいなくなってしまう悲しさとこれからどうなるのか分からない不安で正直軽音楽部への気持ちがこのとき若干死にかけたのは間違いない。クリスマスライブのときにマルがサックスを吹いたビデオまだガラケーにあるかな…。

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震災があったときはHelloで視聴覚練習が入ってたので教室で音楽聴きながら3人で待ってたら突然、大きな地震があって最初はふざけてたんですけど、こう見えて根が真面目な3人は真顔で逃げようってなって階段を駆け下りた。ダンス部がキャーキャーうるさかったですねー。とにかく普段の避難訓練なんてほぼ意味ないっすわー。となりました。

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Helloでパンクバンドとしてやっている一方で、自分としてはもっと自分のやりたい音楽を作ったりしていきたいと思うようになり、ただHelloではそういう訳にもいかないと判断して2年生で同じクラスになった諸星を誘って(春休みくらいから誘ってたので偶然同じクラスになってビビった)バンドを組むことにしました。
あと、杉田と本村を誘ってThe Slumbersというバンドを組みました。バンド名はすごく考えまくった。
当時は諸星と音楽の話もすごく合ったしお互いにめっちゃハマったベースボールベアーに憧れて男子3女子1という構成のバンドを組んだ。
このバンドでスタジオ入ったり曲を作ったり、ライブをやったりすることでバンドをやっていくことの基礎的なことをすごく学べたと今になって思います。BaseBallBearとかスーパーカーとかアジカンのコピーやってましたね。ビークルもやってたの超懐かしい…。
オリジナル曲を作って、演奏したときに3人(作曲のときに本村はいない)でやばい!!って笑ったのを覚えてる。あのときの感じ本当最高でした。


2年生の頃は本当に毎日のように諸星と話をしたりずっと一緒にいましたね。いろいろ気があったんだろうね。当時は色んな人に"ニコイチ"って言われるくらいでした。
が、またここで喧嘩して解散するんですね。本当にいい加減にしろよ、俺。笑
結果、諸星と上手くいかなくなり解散しました。このバンド続いてたら意外といい感じになれたんじゃないかって今更ですけど思います。

ただ、当時兼バン禁止の決まりの中、外バンドとしてグレーゾーンなところで組んだバンドだったので軽音楽部の人には本当に嫌われたと思う。本当に申し訳ない気持ちしかないし、Helloのメンバーには本当にごめんなさいとしか言いようがないですけど、本当にやりたかったんだ当時の俺は。今でもやってよかったと思うし、これはすごくいい思い出です。

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解散してからはHelloとして真っ当に楽しくやれました。ていうか本当にHelloの2人は優しい。こんな勝手なことをやる俺でも絶対に怒ったりしない(影では言ってるかもしれないけど)のが本当に感謝してます。続けさせてくれてありがとうという感じですね。

2年生の文化祭はHelloもcubeも深夜練後で、朝学校着いてみんなでダンボールの上で寝たのはたぶんすごく、青春だったと思う。なぜかこの6人は不思議と仲が良くて、ただ毎回誰か1人がいないという状況になることが多かった。みんなでオカモトズのライブに行って、お揃いで赤いTシャツ着て、こーやのおばあちゃんの家に泊まりに行ったのは最高の思い出ですね。


3年生はふざけてばかりだし、あんまり覚えてない。Helloは校内ライブもその場で曲を変更したりとかとにかくやることがめちゃくちゃで、おもしろければ基本的になんでもいいみたいなスタンス、本当かっこいい。笑

1年生の頃に喧嘩した佑介とは実は2年の後半くらいまでは気まずい感じになってたけど何かのきっかけに仲直りできて、そこからはかなり仲良くなった。本当にこの時間損してる。その後、最後の校内ライブでETV復活して、練習途中だった「東京少年」をやれたのは素晴らしく嬉しかった。

自分たちが部活の最高学年になってからは校内ライブの運営やら文化祭の広報だとか色んなことを、自分たちで考えて行動したりしててめっちゃ楽しかった。そういうことを増森と話すのすげえ楽しかった。タイムテーブルが書いてあるうちわを配るのも考えたのもたしか増森だった気がする。1年生の頃からずっといつも一緒に帰るのは増森と諸星。帰りに町田で何をするでもなくフラフラしてたの楽しかった。

文化祭とか後夜祭は色々ありすぎて書ききれない。後夜祭は、ほとんど覚えてないけど、嫌いな奴も好きな奴もみんなの顔がよく見えた。
1年生の頃に見た、ぜんぽんの「銀河鉄道の夜」に憧れ続けてこの舞台で歌えることに感動したかったのに緊張しすぎてそれどころじゃなかった。
実は銀河鉄道の夜を、やるつもりが全くなくて一夜漬けで練習して、リードギターをお願いした佑介と合わせたのは本番前の10分くらいの時間だった。
ほとんど未完成のままライブをやったのでぐだぐだだったけど、やってよかった。


ライブ中に「銀河鉄道の夜」で泣いてる諸星が見えて泣きそうになったのは本当。
リンダリンダ修斗がいきなり歌詞を間違えたのも本当。笑
ビデオで撮るはずだったのにスイッチ入れ忘れたんだよね…緊張してたんだわ。

後夜祭の後みんなボロボロになって、教室で1人で少し泣いてたら女子に引かれた。キツイですね。

終わったあとにその日もわざわざ来てくれた前の顧問のマルから長いメールで「今までの誰の銀河鉄道の夜よりも一番グッときた」って書いてあって速攻保存した。こんなに素敵な先生に出会ったのは生まれて初めてです。



ここで俺の軽音楽部でのバンド生活は終わり。書ききれないことも記憶の中にあるおもしろいことも全部言葉にして誰かに伝えたい。
その後に出会った後輩も、ここに書いてない友達や先輩も、全部が記憶では抱えきれない思い出になってて、本当に楽しい3年間になってたと昨日の同窓会ライブでハッキリと思い出したので文章にしました。

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書ききれない面白いことは2,3年生になってからの修斗とこーやと一緒にいるときの会話が一番。全部がおもしろすぎて思い出せない。ただね、2人のキャラが濃すぎるおかげで俺の影が薄くなることは2年間の悩みでもありましたよ。笑

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